『言語哲学がはじまる (岩波新書)』
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ISBN:B0CLKZ7V8V
フレーゲからラッセル,そしてウィトゲンシュタインへ――二十世紀初頭,言葉についての問いと答えが重なりあい,つながりあっていった.天才たちの挑戦は言語哲学の源流を形作っていく.その問いを引き受け,著者も根本に向かって一歩一歩考え続ける.読めばきっとあなたも一緒に考えたくなる.とびきり楽しい言葉の哲学.
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【読書メモ】
新たな意味の算出可能性の問題:「猫が富士山に登った」の意味はなにか?
→「猫」の意味はなにか
ロック(当て馬)
要素主義:語の意味は、文の意味以前に語の意味だけで確定する 「猫」「富士山」「登った」
一般観念説:一般的な猫の観念をこころの中に形成する →一般的な猫の観念とはなにか、いつ、誰の心にあるのか
フレーゲ
文脈原理 文の意味との関係においてのみ、語の意味は決まる
合成原理 文を構成する語の意味が決まれば、文の意味は決まる
猫が富士山に登った
あるXが存在し、Xは猫であり、かつ、Xは富士山に登った = Xによって文の真・偽が決まる命題関数
言葉の意味には、固有名も文も、指示対象(外延的)と意義(内包的)の2つがある
指示対象
「何を」指示しているのか
素数
1 3 5 7 11
語の指示対象:
「ミケは猫だ」 ミケ:個体としての猫
文の指示対象:真・偽のどちらかになる。
言葉と世界の基本的関係
意義
どのようにして真・偽が決まるのか(真理条件) 「いかに」指示しているのか
素数
1と自分自身以外に約数を持たない1より大きい整数
二等辺三角形と二等角三角形
指示対象は同じだが意義が違う
条件に対するチェックポイントの違い
固有名の指示対象
伊藤博文は初代内閣総理大臣である = 伊藤博文は伊藤博文である?
伊藤博文と初代内閣総理大臣の指示対象は同じ
意義が違う = 認識価値の違い
認識価値:文章によって情報がふえること
ラッセル
意義は認めず指示対象のみ
文の意味について
固有名
個体を指示する
述語
性質・関係を指示する
性質
ある対象がどういうあり方をしているか
命題
個体と性質・関係を組み合わせたもの
文の指示対象=命題
個体も性質も関係も存在するので、命題も存在する
ミケは猫だ
ミケは猫だという事実は世界に存在している
この事実は<ミケ>という個体と、<猫だ>という述語の性質から構成されている
ミケは猫だ:個体と性質を組み合わせて作られる命題
真な命題=真な文の指示対象
事実と一致する=存在する=有意味
ミケは猫だ=事実=有意味
偽な命題=偽な文の指示対象
これも有意味
=多項関係説:命題はひとがそれを信じたり、判断したりすることによって存在する
月子さん 「夏目漱石は浮雲を書いた」=偽の命題(浮雲を書いたのは二葉亭四迷)
<月子さん>判断主体
<夏目漱石><浮雲>個体
<~を書いた>関係
これらを判断という仕方でまとめあげる
<月子は夏目漱石が浮雲を書いたと判断する>という事実が成立する=有意味
ウィトゲンシュタイン
思考の限界を見定めること=解明
論理空間
語りうるもの、思考可能なものの総体
言語優位の考え(言語→思考)
無意味なものは思考不可能
三辺からなる四角形
思考可能性が文の有意味性を定めるのではなく、文の有意味性が思考可能性を定める
事実から出発して、事実を分節化し、対象を取り出す
<富士山に小惑星が衝突した>
事実:富士山に笠雲がかかる。小惑星に隕石が衝突した。
対象:<富士山><小惑星><衝突した>
対象
固有名の指示対象、述語の指示対象
分節化
事実を分解して、構成要素の対象を取り出すこと
対象は現実の世界から取り出されたものだから、すべて世界に存在する
現実に存在する対象を組み立てたら、出来上がるものも現実に存在することになる
しかし<富士山に小惑星が衝突する>現実はない
対象の可能な組み立て方を考えるには、対象の代理物を組み立てることになる
=言語
言語が表現するもののみ、可能性として成り立つ
対象を分節化するときには、同時にそれによってどのような可能的な事態が考えれるかも了解される
<(猫の)ミケがソファで寝ている>:事実
ミケが床の上で寝ている可能性、ミケが歩いている可能性も了解されている
つまり、ミケという対象はなんらかの事実のもとにある
しかしわたしたちは<ミケ>が可能的な事態の中に現れることを想像できる
そのような可能性を了解していなければ、<ミケ>をひとつの対象として取り出せない
論理形式
ある対象について、それがどの可能的な事態に現れうるか、ということ
ある語について、ほかのどの語と組み合わせて有意味な文がつくれるか、ということ
「富士山」の論理形式→「~は噴火する」「~は~と衝突する」
対象の論理形式=語の論理形式
語の論理形式と対象の論理形式が循環している
ではどのような文が有意味なのか
言葉は実際に使えているのならば有意味
対象の論理形式は語の論理形式をもらってきたもの
対象の論理形式が取られられる=思考可能な事態が捉えられる
ひとつの語の論理形式が捉えられるためには、すべての語の論理形式が捉えられなければならない
全体論的言語観
言語全体との関係においてのみ、語の意味も決まる
語の意味と言語全体の意味が循環している
事実以外の可能的な事態も存在しない
可能的な事態が指示対象になるというのは不可能
論考は語の意味は指示対象だと考える。
指示対象である個体も性質も関係も現実に成立している事実から分節化しているので、現実に存在する
語の理解には論理形式の理解が伴っている
論理形式に従って語を組み立てれば、有意味な文になる
文はこうして可能的な事態を表現する
けっして可能的な事態なるものが存在して、それが文に意味を与えるのではない
(ラッセルとの違い)